アクセス数はあっても、本当に読まれているのかどうか?
ああ、逆に言った方がいいかもしれません。
「私はあなたの書いたことを本当に読んでいるだろうか?」
彼女、個人サイトでニッチなこと書いていたからか更新三か月さぼっても日に100アクセスくらいくるブログ持っているんですが、いまだにコメントってもらったことないんですよね。これ読んでくれた方でもコメントくれたら泣いて喜びます。
ブログ収入は欲しい、変な情報記事を量産したくない - らぶらぶろぐ
以下、少々文脈のズレた「ふと思ったこと」(↓↓↓)なので、コメントではなく引用という形で失礼いたします。
その昔、「トラフィックエクスチェンジ」なんてものがありましたっけね。
当時から「アクセスカウンターを回してるだけ」なんて批判がありましたが、今では「アクセスカウンター」自体が死語かな。しかし「PV数」と名を変えて、やっていることは根本的にはあまり変わっていないのではないか、と思うこともあります。
昔の「個人ホームページ」というものは本当に本当に本っ当ぅ〜に! アクセスを集めるのが大変でした。ネット自体が不便でした。今では昔ながらの「個人ホームページ」というものは滅多に見かけなくなりましたね(目立ちにくいだけで、存在はしてるんですよ?)。
時代はすっかりブログやSNSとなり、昔に比べると相当にアクセスを集めやすい仕組みが整っています。
……のようには見えるものの、本質的にはあまり変わっていないのではないか、と、時々思うことがあります。
具体的に書くと誰かの気を悪くさせてしまうかもしれませんので控えますが、ブログやSNS等に備わっている「横のつながり」を作る各種の機能の多くが、「実際には中身を読まなくても数字をつけることができてしまう作り」になっています(だから何だ、という話ではないのですが)。
「アクセスカウンター」こそ見かけなくなりましたが、「なんらかの数字」を表示する、といったことは同じように行われています。
「アクセスを集めるにはこうすべし」といった情報は世間にあふれています。
が、実際のところ、結局のところ、「人の願いは叶っている」のでしょうか?
などと言うと、多くの人々がアクセスを求めて努力しているのを横目に見て、シニカルに見下しているような言い方になってしまうかもしれません。
そういうつもりではなくて……と弁解したいところですが、結局、そうなってしまうのかもしれません。
何か、根本的に矛盾があるんですよ。
「アクセス数」を求めると、自分が本当に伝えたい内容から遠ざかってしまい、何のためにアクセス数を求めているのかがわからなくってしまう。
かと言って、自分が本当に伝えたい内容だけでは、それを届けたい人に届かない。
届かない人に届けたい情報を届けるには「人気」が必要になる。「人気」を得るには、本当に伝えたいことから遠ざかってしまう。
仮にうまく届いても、絶対数が少ないと、今度は「収入」にならない。
「収入」がなければ続けられない。
「収入」に結びつけるには「アクセス数」が必要。
「アクセス数」を求めると……(以下略)
ああ、だめだ。
ドウショウモナイ。
ドウショウモナイ。
ドラゴンボールを7つ集めて神様にお願いするしかない!!!!
どうか世界中の人が幸せでありますように……。
(まだ1つも集まってませんが……)